このページの要点
- 書面がない追加工事を無償にする条項は請負人の請求権の放棄になる。請負人の「着手しない権利」として書き、緊急措置は先行可・費用は注文者負担とする。
- 変更は見積書・発注書・請書の三段でそろえ、変更後の工事内容・増減額・工期・原契約の適用を書く。
- チャットやメールは、建設業法施行規則13条の4第2項の技術的基準を満たさない限り書面に代わらない。やり取りと契約成立を分ける。
- 許可のない事業者は、追加工事を合算して500万円以上にならないよう、契約に上限の条項を置く。
結論:追加・変更は「書面」で。ただし請求権を自分で捨てる条項にしない
工事の現場では、施主から「ついでにここも」と頼まれる、着工してから仕様を変えたくなる、既存部分を開けてみたら手を入れざるを得ない、という形で、追加・変更工事が日常的に発生します。建設業法19条2項は、請負契約の内容で同条1項の事項に当たるものを変更するときは、変更の内容を書面に記載し、署名又は記名押印をして相互に交付しなければならないと定めています。追加・変更工事は、まさにこの「変更」です。
書面で合意するというルールそのものは正しいのですが、事務所が見てきた草案には、書面のルールを守ろうとするあまり、請負人が自分の代金請求権を放棄してしまう書き方がありました。追加・変更工事の条項は、書面化を徹底しつつ、書面が間に合わなかった場面で請負人が無償で働いたことにならないように組む必要があります。
このページでは、請求権を捨てる条項の問題、書面の要件とチャット・メール運用の限界、緊急時の先行施工、追加代金の算定、許可を持たない事業者の追加工事の上限、消費者向けの承諾の取り方を順に見ます。追加・変更の原因になりやすい既存部分の扱いは工事内容の特定と既存部分のリスク、注文者の都合による中止は不可抗力・価格変動・工事の中止で扱います。
「書面がなければ支払義務なし」は請負人の請求権の放棄になる
改修工事の請負人が用意した草案に、次のような条項がありました。「事前に甲乙間で書面が交わされていない追加工事については、乙は施工の義務を負わず、甲も費用の支払義務を負わない」。一見すると公平に見えますが、この条項で得をするのは注文者だけです。追加工事を請求するのは請負人の側であり、書面がないまま施工してしまえば、条項の文言どおり注文者は支払わなくてよいことになります。
民法522条2項は、法令に特別の定めがある場合を除き、契約の成立に書面の作成その他の方式を要しないと定めています。建設業法19条2項の書面化は、行政上の取締りの観点から当事者に義務を課す規定と解されており、書面がなくても口頭の合意で追加工事の契約自体は成立し得ます。ところが契約書に「書面がなければ支払義務を負わない」と書いてしまうと、口頭で合意した追加工事でも、この特約によって代金を請求できなくなるおそれがあります。不当利得として返還を求めようにも、「書面がなければ無償とする合意だった」と反論される余地が生まれます。
REV.事務所の改訂例 追加工事の条項
1書面のない追加工事
理由請負人の側の「着手しない権利」として書き、代金請求権を失わせる効果は持たせない。緊急措置は先行でき、費用は注文者負担と明記する。
2変更の主体
理由請負人に一方的な変更権を与える条項は、注文者側の法務が最初に削る箇所。申出権・提案権に改め、効力の発生を書面の交付に結びつける。
3「原則として」の例外
理由「原則として」は例外の範囲が書かれておらず、緊急時以外にも無承諾の施工が許されると読める。例外を応急措置に限定する(消費者向けの書面の例)。
依頼者から「当社は追加工事は見積りと追加契約を交わしてから着工し、口頭で先行することはしない」と回答をもらうこともあります。運用として徹底されていれば、請求権を失う場面は減ります。それでも、契約書の条項は運用が乱れた日のために置くものです。現場の担当者が施主に押し切られて先に施工してしまった日、緊急で手を打たなければならなかった日に、契約書が請負人の足を引っ張らないようにしておく必要があります。
変更書面の作り方:見積書・発注書・請書の三段で
事務所の改訂では、追加・変更工事の合意を、請負人の見積書、注文者の発注書、請負人の請書の三段で成立させる形を基本にしています。発注書と請書は、記名押印のある書面か、建設業法19条3項の電子的な方法によるものとし、これをまとめて「変更書面」と定義します。変更書面には、変更後の工事内容、代金の増減額、工期の変更の有無を必ず書きます。
追加・変更工事の合意の流れ(改訂例)
- 申出・発見甲の変更の申出、乙の提案、既存部分の相違等の通知。
- 見積書乙が変更後の工事内容、増減額、工期への影響を示す。
- 発注書甲が記名押印又は電子契約で発注する。
- 請書乙が記名押印又は電子契約で請ける。ここで変更書面がそろう。
- 着手変更書面がそろってから施工する。緊急措置は例外として先行可。
注文書・請書の方式は、基本契約書をあらかじめ締結しているか、約款を添付・引用していることが前提です。追加工事の注文書には工事内容と代金しか書かれていないのが普通なので、変更後の工事にも、不可抗力や第三者損害の負担、検査の時期、遅延利息、紛争の解決方法といった事項が及ぶことを、元の契約書の側で「変更書面による追加変更工事にも本契約の各条項を適用する」と書いておきます。
追加代金の算定方法も、条文に置いておくと現場の交渉が楽になります。改訂例では、契約時の見積書に単価がある項目は単価に数量を乗じた額、単価がない項目は乙の見積額を基礎に協議し、協議が整わないときは実費に通常の諸経費を加えた額、としました。協議不調の帰結を書く理由は、建設業法19条の記載事項で説明した「協議は算定方法ではない」という考え方と同じです。
チャット・メールで受発注している場合:やり取りと契約成立を分ける
建物の管理会社や継続的に工事を出す事業者では、協力会社とのやり取りの大半がチャットやメールで行われています。原状回復や小修繕の発注を、写真を送って「見積りください」「この金額でお願いします」で済ませている例も少なくありません。依頼者が用意した基本契約書の原案の中には、チャットやメールでの発注と承諾によって個別契約が成立する、作業に着手したときは承諾したものとみなす、と定めたものもありました。
建設工事の請負契約で書面に代えて電子的な方法をとるには、建設業法19条3項により相手方の承諾を得たうえで、国土交通省令で定める措置を講じる必要があります。建設業法施行規則13条の4第2項は、その措置が、相手方がファイルの記録を出力して書面を作成できること、ファイルに記録された契約事項等について改変が行われていないかどうかを確認できる措置を講じていること、相手方が本人であることを確認できる措置を講じていること、という技術的基準に適合することを求めています。一般のチャットやメールは、改変の有無の確認や本人確認の点でこれを満たすとは限りません。また、「着手したら承諾とみなす」という定めは、書面の相互交付を求める19条とかみ合いません。
見積書に「承認します」と返信する方式には、もう一つの問題があります。見積書は工事内容と金額を示す書類なので、それへの承認だけで個別の工事を成立させると、検査の時期、不可抗力や第三者損害の負担、遅延利息、紛争の解決方法といった事項は、毎回どこにも書かれないことになります。基本契約の側にこれらの事項をすべて置き、個別の発注書に「本基本契約に基づく個別契約である」と明記して基本契約の各条項を及ぼす、という二段の構えにしておかなければ、取引のたびに建設業法19条1項の記載事項が欠けた契約を積み重ねることになります(建設業法19条の記載事項)。
依頼者からは「チャットでの発注の運用はできるだけ変えたくない」という要望が出ることがあります。事務所の改訂では、やり取りと契約の成立を分けることで応えました。現地確認の依頼、見積りの取得、日程の調整、進捗の確認といった連絡はこれまでどおりチャットで行い、建設工事の個別契約の成立・変更・解除の瞬間だけを、署名又は記名押印した発注書の相互交付か、技術的基準を満たす電子契約サービスで行う、という形です。
条文例
第○条(建設工事の個別契約)
- 建設工事(原状回復、内装、設備の交換、電気、給排水、空調その他の改修工事をいう。以下同じ。)に係る個別契約は、甲が発注書を、乙が請書を、それぞれ署名又は記名押印した書面により相互に交付し、又は建設業法第19条第3項に定める措置を講じた電子契約により締結する。
- 電子メール、チャットその他のメッセージ機能は、建設工事に係る個別契約の成立、変更及び解除の手段としては用いない。ただし、現地確認、見積りの依頼、日程の調整及び進捗の確認の連絡に用いることを妨げない。
- 第○条(着手による承諾のみなし)の規定は、建設工事に係る個別契約には適用しない。
建設工事に当たらない清掃や点検の業務には、従来のチャット発注の運用を残す設計です。どの業務が「建設工事」に当たるかを定義で明らかにしておくのが要です。
電子契約サービスを使う場合でも、そのサービスが技術的基準を満たすかどうかは、契約しているプランや設定(電子署名の方式、タイムスタンプ、本人確認の方法)によって変わり得ます。導入時に、サービスの仕様書や設定画面で、出力・改変確認・本人確認の三点を確かめておくことを勧めています。
変更書面に書く項目
| 項目 | 書き方の例 | 書かないと起きること |
|---|---|---|
| 変更の対象 | 元の契約の名称・締結日と、変更する工事の部位・項目 | どの契約の変更か分からず、別契約と扱われる |
| 変更後の工事内容 | 仕様・数量・品番、図面や見積書の版 | 範囲の争いが追加工事の中で繰り返される |
| 代金の増減額 | 増減額と変更後の請負代金の合計、消費税額の区分 | 支払時期や印紙税の記載金額が定まらない |
| 工期の変更 | 延長の有無と日数、変更後の完成時期 | 追加工事のせいで遅れたのに工期遅延の損害金を請求される |
| 元の契約の適用 | 「本変更に係る工事にも原契約の各条項を適用する」 | 追加分に不可抗力・検査・遅延利息・紛争解決の定めが及ばない |
建設業法19条2項は、同条1項の事項に当たるものを変更するときに、その変更の内容を書面に記載することを求めています。工期や代金が変わるなら、その変更も変更書面に書きます。
許可を持たない事業者の追加工事:合算と支給材料に注意
建設業の許可を持たずに軽微な建設工事だけを請け負っている事業者にとって、追加工事には特有の危うさがあります。当初の契約が500万円に満たなくても、追加工事を加えた結果、一件の工事の請負代金が500万円以上になれば、軽微な建設工事の範囲を超えてしまいます(建設業法3条1項ただし書、施行令1条の2第1項)。追加工事を別の契約書で結べばよいと考えがちですが、同一の建設業を営む者が工事の完成を二以上の契約に分割して請け負うときは、正当な理由がない限り各契約の代金を合計した額で判断されます(同条2項)。注文者が材料を支給する場合は、その市場価格(又は市場価格及び運送賃)を代金に加えます(同条3項)。
条文例
第○条(軽微な建設工事の範囲)
- 乙は、本契約に係る工事の請負代金の額(追加変更工事の代金を含み、甲が工事材料を支給するときはその市場価格又は市場価格及び運送賃を加えた額とする。)が、建設業法施行令第1条の2第1項に定める額以上となる追加変更工事は、これを受注しない。
- 本契約と同一の工事の完成を目的として別に締結する契約があるときは、前項の額は、各契約の請負代金の額を合計して算定する。
許可のない請負人の立場で置く条項の例です。注文者に事情を説明する場面で、契約書に根拠があると話が早く進みます。
消費者向けのリフォームでの追加工事
個人の施主との契約では、追加工事の承諾の取り方そのものが、後の紛争の焦点になります。水回りのリフォームの契約書兼発注書のレビューでは、「原則として甲の承諾を得たうえで施工する」という条項を、書面又は電磁的記録による承諾の後でなければ着手しない、応急措置は事後に報告し費用の請求にも承諾を得る、という形に改めました。墓石の建立工事の契約書では、彫刻の内容や石材の変更を追加変更として扱い、変更後の金額を記入する欄を設けています。
訪問販売で受注したリフォームでは、追加工事の契約も、それ自体が訪問販売として特定商取引法の書面交付とクーリング・オフの対象になり得る点に注意が要ります。施主の自宅で追加の見積りを示し、その場で追加の契約を結べば、営業所等以外の場所での契約です。追加工事の書面にも法定の記載事項とクーリング・オフの事項を備えるかどうかは、リフォームの訪問販売とクーリング・オフで整理しています。
ご相談と回答 追加工事の請求
LINEで施主から「OK」をもらって施工した追加工事は、請求できますか。
民法上は口頭やメッセージでの合意でも契約は成立し得ますが、契約書に「書面がなければ支払義務を負わない」とあると請求が難しくなります。まず契約書の追加工事の条項を確認します。今後は、やり取りはLINEで行っても、成立の瞬間だけは変更書面か電子契約で行う運用にします。
緊急で先に手を打った工事の費用はどうなりますか。
漏水や倒壊の危険を防ぐための措置を先行でき、その費用は注文者の負担とする、と契約書に書いておけば請求の根拠になります。措置を講じたら、写真と内容を遅滞なく報告し、記録を残します。
追加工事を別契約にすると、許可の基準に影響しますか。
同一の工事の完成を二以上の契約に分割しても、正当な理由がなければ合算して判断されます。当初の契約と追加の契約の合計が500万円(建築一式工事は1,500万円)以上になれば、許可が必要な規模になります。
ヒヤリングで確かめること
ヒヤリング点検表 追加・変更工事の運用
- 追加工事はどのような経緯で発生することが多いか(施主の要望、現場判明、管理会社からの指示など)。変更事由の列挙と、申出・提案・通知の手続を書き分ける。
- 追加の見積り・発注・承諾は、紙・電子契約・メール・チャットのどれで行っているか。変更書面の定義と、電子的な方法の技術的基準を満たすかを確かめる。
- 緊急の先行施工はどのくらいの頻度で起きるか。緊急措置の範囲と報告の手続を決める。
- 当初の見積書に単価はあるか。追加代金の算定方法を単価×数量で書けるかが決まる。
- 許可を受けているか。受けていない場合、追加後の合計が500万円に近づく案件はあるか。軽微な建設工事の範囲の条項を置くかを決める。
- 施主の自宅で追加の契約を結ぶことはあるか。追加の契約にも特定商取引法の書面が要るかを判断する。
起きがちなこと:書面主義が請負人自身を縛る
追加・変更工事の条項は、書面化を徹底させることと、請負人が無償で働いたことにされないことの両方を満たす必要があります。最後に、事務所の書類でよく見た例をまとめます。
よくあるご質問
追加工事は書面がないと請求できないのですか?
民法上は口頭の合意でも契約は成立し得ます(民法522条2項)。建設業法19条2項の書面化は行政上の義務で、書面がないことだけで契約の効力が否定されるわけではありません。ただし契約書に「書面がなければ支払義務を負わない」とあると、その特約によって請求が難しくなるので、条項の書き方が重要です。
「書面のない追加工事は施工義務も支払義務もない」という条項は、どこが問題ですか?
追加工事の代金を請求するのは請負人なので、この条項で得をするのは注文者だけです。現場の事情で書面より先に施工した場合、請負人は代金請求権を失うおそれがあります。請負人の「着手しない権利」として書き、緊急措置は先行でき費用は注文者負担と定める形に改めます。
チャットやメールで追加工事を発注・承諾してもよいですか?
建設工事の請負契約を電子的な方法で結ぶには、相手方の承諾を得たうえで、建設業法施行規則13条の4第2項の技術的基準(出力して書面にできる、改変の有無を確認できる、本人確認ができる)を満たす必要があります。連絡はチャットで行い、成立・変更・解除だけは発注書の相互交付か基準を満たす電子契約で行う設計が現実的です。
追加工事の代金は、どう決めておけばよいですか?
当初の見積書に単価がある項目は単価×数量、単価がない項目は請負人の見積額を基礎に協議し、協議が整わないときは実費に通常の諸経費を加えた額とする、といった算定方法を条文に置いておくと、現場の交渉が速くなり、争いも減ります。
緊急で先に行った工事の費用は、注文者に請求できますか?
漏水や倒壊などの危険を防ぐため緊急に措置を講じる必要があるときは承諾なく措置を講じることができ、その費用は注文者の負担とする、と契約書に定めておけば請求の根拠になります。措置の内容と写真を遅滞なく報告し、記録を残しておきます。
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